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東京都国分寺市住民訴訟原告のブログ、   私物化された市政を正す

千葉意見

平成22年(行ヒ)第102号 神戸市外郭団体派遣職員への人件費違法支出損

害賠償等請求事件

平24年4月20日 第二小法廷判決

 

(中略)

 

 

裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。


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私は,地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟の対象とされている

損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を普通地方公共団体の議会が放棄する旨の

議決がされた場合の裁量権の逸脱・濫用の有無の判断枠組み等について,次の点を

補足しておきたい。

住民訴訟制度は,普通地方公共団体財務会計行為の適正さを確保するため

に住民の関与を認めた制度であるが,地方公共団体の長などの執行機関に対して

は,その故意又は過失により行われた違法な財務会計行為と相当因果関係のある地

方公共団体の損害につき,個人責任を負わせることとし,そのことにより財務会計

行為の適正さを確保しようとするものである。国家賠償法においては,個人責任を

負わせる範囲について,同法第1条2項が公権力の行使に当たる公務員が故意又は

重大な過失のあった場合に限定しているのと比べ,住民訴訟においては,個人責任

を負う範囲を狭めてはおらず,その点が制度の特質となっている。

ところで,住民訴訟制度が設けられた当時は,財務会計行為及び会計法規は,そ

の適法・違法が容易にかつ明確に判断し得るものであると想定されていたが,その

状況は,今日一変しており,地方公共団体の財政規模,行政活動の規模が急速に拡

大し,それに伴い,複雑多様な財務会計行為が錯綜し,それを規制する会計法規も

多岐にわたり,それらの適法性の判断が容易でない場合も多くなってきている。そ

のような状況の中で,地方公共団体の長が自己又は職員のミスや法令解釈の誤りに

より結果的に膨大な個人責任を追及されるという結果も多く生じてきており(最近

下級裁判所の裁判例においては,損害賠償請求についての認容額が数千万円に至

るものも多く散見され,更には数億円ないし数十億円に及ぶものも見られる。),

また,個人責任を負わせることが,柔軟な職務遂行を萎縮させるといった指摘も見


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られるところである。地方公共団体の長が,故意等により個人的な利得を得るよう

な犯罪行為ないしそれに類する行為を行った場合の責任追及であれば別であるが,

錯綜する事務処理の過程で,一度ミスや法令解釈の誤りがあると,相当因果関係が

認められる限り,長の給与や退職金をはるかに凌駕する損害賠償義務を負わせるこ

ととしているこの制度の意義についての説明は,通常の個人の責任論の考えからは

困難であり,それとは異なる次元のものといわざるを得ない。国家賠償法の考え方

に倣えば,長に個人責任を負わせる方法としては,損害賠償を負う場合やその範囲

を限定する方法もあり得るところである。(例えば,損害全額について個人責任を

負わせる場合を,故意により個人的な利得を得るために違法な財務会計行為を行っ

た場合や,当該地方公共団体に重大な損害を与えることをおよそ顧慮しないという

無視(英米法でいう一種の reckless disregard のようなもの)に基づく行為を行

った場合等に限ることとし,それ以外の過失の場合には,裁判所が違法宣言をし,

当該地方公共団体において一定の懲戒処分等を行うことを義務付けることで対処す

る等の方法・仕組みも考えられるところである。)しかし,現行の住民訴訟は,不

法行為法の法理を前提にして,違法行為と相当因果関係がある損害の全てを個人に

賠償させることにしている。そのことが心理的に大きな威嚇となり,地方公共団体

の財務の適正化が図られるという点で成果が上がることが期待される一方,場合に

よっては,前記のとおり,個人が処理できる範囲を超えた過大で過酷な負担を負わ

せる等の場面が生じているところである。

普通地方公共団体の議会が,住民訴訟制度のこのような点を考慮し,事案の

内容等を踏まえ,事後に個人責任を追及する方法・限度等について必要な範囲にと

どめるため,個人に対して地方公共団体が有する権利(損害賠償請求権等)の放棄


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等の議決がされることが近時多く見られるのも,このような住民訴訟がもたらす状

況を踏まえた議会なりの対処の仕方なのであろう。そして,このような議決がされ

るに当たっては,その当否はもちろん,適否の実体的判断についても,法廷意見の

述べるとおり,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普

地方公共団体の議決機関である議会の裁量に基本的に委ねられているものであ

る。そして,このような議会の議決の裁量権の範囲,適否については,対象となる

権利・請求権が住民訴訟の対象となっている,あるいは,対象となる可能性がある

という場合と,そうでない場合とで異なることはないというべきである。

しかし,権利の放棄の議決が,主として住民訴訟制度における地方公共団体の財

務会計行為の適否等の審査を回避し,制度の機能を否定する目的でされたと認めら

れるような例外的な場合(例えば,長の損害賠償責任を認める裁判所の判断自体が

法的に誤りであることを議会として宣言することを議決の理由としたり,そもそも

一部の住民が選挙で選ばれた長の個人責任を追及すること自体が不当であるとして

議決をしたような場合が考えられる。)には,そのような議会の裁量権の行使は,

住民訴訟制度の趣旨を没却するものであり,そのことだけで裁量権の逸脱・濫用と

なり,放棄等の議決は違法となるものといえよう。

法廷意見は,このような例外的な場合(なお,本件はこのような場合には当たら

ない。)は別にして,一般に権利放棄の議決がされる場合,議会の裁量権行使に際

して考慮すべき事情あるいは考慮することができる事情を示し,議会の裁量権の逸

脱・濫用の有無に関しての司法判断の枠組みの全体像を示したものであり,議会と

しては,基本的にはその裁量事項であっても,単なる政治的・党派的判断ないし温

情的判断のみで処理することなく,その逸脱・濫用とならないように,本件の法廷


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意見が指摘した司法判断の枠組みにおいて考慮されるべき諸事情を十分に踏まえ,

事案に即した慎重な対応が求められることを肝に銘じておくべきである。

(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官

須藤正彦)